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  • 英国の医療改革とは。

2008.10.05

http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20081002-OYT8T00231.htm

現在の日本では、医療費が安くて低サービスの医療を目指すのか、医療費はかかっても安心な医療を目指すのか(あるいはその中庸を目指すのか)、国民の判断が求められています。


[解説]英国の医療改革
開業医連携、地域担う 予算倍増、満足度アップ
◆要約

 ◇開業医50人のグループで予算管理、地域10万人の健康管理を担う。

 ◇医療予算を約10年で倍増、国民の満足度も上がった。

 近年、大きな改革を遂げて劇的に改善したといわれる英国の医療。日本が学ぶべきことは何か。(編集委員 南 砂)

 先ごろ開かれた第13回厚生政策セミナー(国立社会保障・人口問題研究所主催)で基調講演をしたジュリアン・ルグラン・ロンドン大学教授(公共政策)は、英国医療改革の鍵となった「準市場」の概念を提唱した人物。同教授は、市場原理が働きにくい医療政策の運営には4つのモデルがあるとして、〈1〉専門家の裁量に任せる〈2〉専門家を管理統制する〈3〉消費者の声を尊重する〈4〉選択、競争を組み合わせた「準市場」を導入する、の4型を列挙。最も短所を抑え得る〈4〉で、英国は成功したと語った。

 英国の歩み自体が4つのモデルの実験だった。NHS(国民医療サービス)と呼ばれる英国医療制度は完全国営制で、全国民が原則無料。外来診療の1次医療と入院の2次医療に分かれ、それぞれ総合診療を専門とする開業医(GP)と各診療科専門の病院勤務医が担当。住民は、地域のGP一人を選んで登録し、受診はすべてGP経由。GPは、看護師らとチームで登録住民の健康管理を担う。

 初めは、すべて医師の裁量に任されていたが、GPは診療の質でなく登録された患者の数に応じた支払いを国から受ける(人頭払い)ため、丁寧に診療しても増収にならず、新たな機器の導入も減収になる。病院に紹介する方がもうかるわけだ。80年代半ばから保守党サッチャー政権が医療費を抑制すると、この弊害は顕著になった。長期間入院を待機する患者が増え続け、国民の不満は募り、医療水準も著しく低下した。

 そこで91年、政府はGPを予算管理医として統制する方法を導入。希望するGPには一定の予算を与え、専門医や病院への紹介の権利を購入できることにした。自ら治療し病院への紹介を減らせば、余剰金を翌年に繰り越し、設備投資に充てることも認めたため、GPが競って医療サービス向上に努めた。医療費を増やさず医師の動機を転換させ、GP間、病院間に競争原理を働かせた結果、入院待機者はある程度減少した。

 だが、GP同士の競争激化に伴い、消費者の声が医療を動かすようになった。高所得者や声の大きい患者が優遇され、給付に格差が生まれる弊害が表れた。

 97年に成立した労働党ブレア政権は、医師同士の競争を断ち切り、連携するよう方向転換。GP約50人をグループとして広域の地域単位で予算管理させ、約10万人の住民の健康管理を共同で担わせることにした。さらに、国民医療費を10年足らずで倍増させた。主要国中最低水準だった対GDP(国内総生産)医療費は、2004年、最低を日本に譲り、国民の医療満足度も向上している。

 「準市場の公共政策では、サービス提供者が騎士になるか悪党になるかは政策と予算次第だ」と同教授。医療者が誇りを持って市民の健康管理に取り組めるよう政策で動機付け、予算を投じたのが成功の鍵という。

 実は、日本の医療は「準市場」で行われている。皆保険制もあり環境は素晴らしいと同教授は評価した。だが、1次、2次医療の分担連携制がない。開業医は地域の患者争奪を動機づけられ、病院と連携する動機は働かない。また、国民は依然、大病院志向が強い。

 旧厚生省は80年代、高齢化や医療費増に備え、GPのように1次医療を担う家庭医の制度導入を検討したが、日本医師会の猛反発で取り下げた。以後四半世紀、開業医と病院の分担を封印し、医療費抑制策を続けた。小泉構造改革の度重なる診療報酬マイナス改定の結果、今医療は崩壊の危機にある。環境が整っても、政策を欠き予算を惜しめばどうなるか、図らずも日本の医療は露呈している。

(2008年10月2日 読売新聞)